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button-only@2x こんな「心の態度」が脳機能を進化させる

かなり昔、母と旧ソ連を旅行したおり空港で立ち往生したことがあった。搭乗予定のアエロフロート機が出発できなくなったのだ。

モスクワを発ってからルーマニアのブカレストを経由し、ブルガリアのソフィアへ向かう便であったが、ブカレスト寄港が中止になったという。第2章の冒頭で紹介した、ソ連製イリューシン十八型機の話である。

出発できない理由がわかったのは、空港のロビーでえんえん何時間も待たされたあとのことだ。しかも、その日はほかのフライトに振り替えることができないという。やむなくホテルで一泊することになった。結局、モスクワを出発したのは、当初の予定から三六時間後のことである。

こんなときにあなただったらどんな心境か、想像してみてほしい。

予定の出発時刻から一時間たつ。二時間たつ。三時間たっても、五時間たっても、どうにかなるような気配すらない。がまんしていたいらいらがが爆発して、怒鳴りはじめる客もいる。空港係員に「チケット代金を返せ」と詰め寄っている夫婦もいた。さすがに私も苛立っていた。

   100回怒るより、一回笑むことの魔力

そのとき母はどうであったか、何と、空港がロビーの椅子にすわって、バッグにしのばせていた謡曲のテキストを取り出し、小さな声で謡曲の練習をしていたのだ。

さすが、おふくろさま、である。母はもうすでに亡くなったが、このときのことを思い出すたび、フンフ~ンと謡曲を口にしていた母の声が聞こえてきそうな気がする。イライラしなくても飛ぶときは飛ぶ。イライラしても飛ばないときは飛ばない。あなた方もうちょっとリラックスしたら?そう言っているかのようである。

人生、自分の考えたとおりに進むことのほうが少ないのだ。思惑違い、予定変更はしっちゅうである。そのときに頭を切り替えて、予定を立て直すことができるかどうかは、人生の大きなキーポイントといえるだろう。

「ママさまが、もし仕事でソ連を訪れていたら、そんなのんきなことはしていられなかったに違いない」と思う人もいるかもしれない。

しかし、苛立って私も、金を返せと詰め寄った夫婦も、謡曲をうたっていた母も、結局、目的地へ向かう飛行機に乗り込んだのは36時間後のことだったのだ。

どう抵抗したところで目の前の事態が変わらないのであれば、その現実をまずうけとめ、それからどうしたらいいかに神経を使ったほうが、よほど有意義ではないだろうか。ただいたずらに苛立ち焦るだけの人には、電話や電報や郵便なども駆使して予定していた訪問先やオフィスなどに連絡をする、というアフターフォローさえ満足にできない場合があることもつけ加えておこう。

人生には、思いどおりにいかないことなど、ざらにある。仕事もそうだし、対人関係もそう。居酒屋は、不平不満をぶちまけているサラリーマンのたまり場だ。家庭においても同様である。

とくに、親しい間がらだと人間関係におけるマナーすら忘れて、姑が嫁の欠点をいったり、夫が妻の悪口をいったりして、余計な軋轢(あつれき)を生む原因になったりする。

     心が萎えると神経細胞も萎縮する

しかし、不平不満は頭を鈍らせるだけである。不満を生む事態の原因を究明し、その後の展開を予想し、最善策に考えをめぐらせることだ。頭はフル回転して、脳の神経細胞も活発に働くというものである。

グチグチと言っている間は、困った事態を前にして、心も体も神経細胞もヘタリとすわりこんでいる状態なのだ。

他人の批判ばかりしている人、責任をだれかに転嫁したがる人、大した努力もしないですぐにあきらめてしまう人も、注意してほしい。

こういう人は、自分を正当化して省みることがほとんどない。「部長の考えは、間違っている」「Aさんのやり方に問題がある」「あの人が悪いからこうなったのだ」と思う心のどこかには、自分だけは正しいという意識がある。すぐに悲観してあきらめてしまう人も同様だ。「悪いのは運命であって、自分ではない」と考えているのだ。

これは、脳にとってじつにラクなことである。洞察力も思考力も想像力も応用力もすべて休止しているのだから。

しかし、本当に自分に落ち度はなかったか。落ち度がなくても落ち度がなくても運悪くトラブルに巻き込まれてしまうこともあるだろう。

だが、あなたは失敗したプロジェクトの一員ではないのか。Aさんのやり方に問題があると気づきながら、何の助言もしなかったのではないか。トラブルを回避するための努力をしたか。

わが身を振り返れば、反省すべてき点がいくつかあるのではないだろうか。反省し、原因を探り、対処法を模索し、そして同じような事態を招かないためには何が必要かを考える、そういう習慣が大切だ。

もし、周囲を見回して、いつも支障なく仕事をこなしている人がいたら、その人は最大限に頭を使っているのである。偶然にラッキーなのではない。天賦の才能に恵まれているのでもない。思慮深いのだ。つねに神経を細胞を盛んに働かせて、ニューロンの連絡網をすみずみまで活用し、洞察力、思考力、想像力、応用力を総動員しているのである。

不平不満を言いたくなったら、脳の活動が休止していると受け止めて、ぜひとも思考を再開してもらいたい。

もしかりに、いくらあがいてもどうにもならない事態であると判断したら、そのときは母のように謡曲を口ずさむくらいの心の余裕をもってほしいものである。