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button-only@2x 「耳を使う」----頭のいい人は聞くことがうまい

いつごろから、日本人は黙って本を読む黙読を習慣にしてしまったのだろう。古い邦画などを観ると、みな声に出して読んでいる。どうも昔は音読が当たり前だったようだ。

じっさい、脳の総合力を高めるには、黙読よりも音読のほうがはるかにすぐれている。黙々と本を読んでいるとしだいに眠くなってくるが、音読を始める急に頭が冴えてきた、という経験はないだろうか。あるいは歴史の年号や英単語などを記憶するときに、気が付くと無意識に言葉を発していたことがないだろうか。

これは大変に意味のあることで、声を出すことで、脳を活性化しているのである。

理解中枢と表現中枢を結びつける「賢者の読書術」
脳にいい読書法のポイントは二つある。

黙って読むのではなく声を出して読むこと。

そして、文章は必ず意味が理解できるものを読む。もし理解できないようだったら、理解できるようになってから読む。

のんびりした昔なら、「読書百篇、意おのずから通ず」といっておれた。しかし、時間は少なく情報量の多い現代では、意味がわからない文章を、何度も読むのはむだではないか。同じ内容をもっとやさしい文章で表現した本を選ぶほうがいい。

ところで、音読と、意味を理解するという二つの作業は、脳にとっていったいどんな効きめがあるのだろうか。

言葉聞いて(読んで)、どんな意味があるのか理解するのは、脳のウェルカムニッケ中枢と呼ばれる感覚性の領域である。

一方、自分の考えた言葉を実際に話すのは、ブローカー中枢と呼ばれる運動性の領域だ。

言葉を受け取り理解する作業と、言葉を話し表現する作業とを、脳は二つの機能として分業化しているわけである。

文章を声に出しながら読んで意味を理解すると、別々だったこの二つの領域が密接につながり合いながら、同時にフル回転することになるのである。

言葉に出して読むことを「表現読み」ともいう。

表現読みをすると、脳の、言語の「理解中枢」と「表現中枢」の間で激しいフィードバック作業が行われるわけである。

こうして、脳がより活発に働きだし、学習効果をあげるわけだ。

脳の特定部分だけを使っていると、疲れやすいし、能率の低下も早い。できるだけ多くの部分を同時に用いたほうが疲れにくく、能率も維持されやすい。

単純作業をしていると眠くなるのは、脳の一部しか使っていないからである。講演会などで一方的に話を聞いていたり、電話でも先型まくしたてるのにただ耳を傾けていたりすると眠くなるのも、同じ理由による。講師に質問をしたり、先方の話‎に口をはさんだりすると、ぱっと眠気が覚めるはずである。

同時通訳の第一人者が鍛え上げた「黄金の耳」

声をだすことは、語学学習においても大きな威力を発揮する。
「同時通訳の元祖」といわれる國弘正雄さんの例をとって話をしてみよう。同時通訳が一般化し始めたころ、同時通訳といえば、だれもが即時に國弘正雄さんと答えたほど、彼は語学の達人だった。

その外国語後の学習方法は、「只管朗読」だったという。

曹洞宗の祖・道元が唱えた「只管朗読(しかんたざ)」(ただひたすら座禅する)からヒントを得て作った言葉で、「ただひたすらに朗読する」という意味である。

ある雑誌に載っていた次のコメントが、只菅朗読の真意を端的に物語っている。

「意味の理解できる英文を、何度も何度も反復して、大声を出して音読するのが肝心だということです。正しい音読の基本となるネイティブ・スピーカーの発音を聞いてから、この只管朗読を心がけるのが外国語上達のコツなのです」

たとえば歴史の年号でも、数字の羅列として視覚的におぼえようとすると、なかなか頭に入らない。しかし、語呂合わせにして音の響きで記憶すると、覚えやすく思い出しやすい。英語も同じで、単語ひとつひとつを覚えるよりも、文章全体のリズムとして覚えるほうが、ヒアリングの力はついてくるらしい。

「テイク・イット・イージー」といわずに「テキッ・イージー」というふうにやるわけである。

全体のリズムとして覚える。これが、試験英語と揶揄され、実践向きではないと指摘される日本の英語学習に欠けている部分ではなかろうか。

単語ひとつひとつの意味を押さえながら聞くよりも、全体のリズムで言葉を覚える。最初に単語ありではなく、最初に文章ありなのだ。

英語に限らない。効率のいい記憶というのは、全体から入って、細部にこだわるほうがいい。地理なら、全体を押さえて細部を押さえる、歴史なら大きな流れをつかんでから小さなことを覚えるほうが、定着率はグンと高いのである。