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button-only@2x 意志の強い人は「目標づくり」のうまい人

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欲求は、だれもが抱いている。「お金がほしい」「異性にもてたい」「いい就職・転職をしたい」「ライバルを圧倒したい」などと願わない人はいない。

人生を左右する大欲求から、目先のいまをラクしたいといったものまで、人間は欲望が服を着て歩いているようなものだ。

にもかかわらず、その欲がかなうことはまれだ。漠然とした欲以上の意欲がわかない。

願望を実現するやる気がどうもわいてこない。結局、不満を抱えたまま昨日と同じような今日を生きることになる。

その理由を、脳の構造に転嫁するのは感心しない態度だ。人によって、やる気ホルモンの量が少ないとか、A10神経が短いということはないからである。

    いい頭脳には「失敗」も織り込まれている

では、いったいどこに問題があるのだろうか。いま一度、自分の欲の本当の目的が何かを確認しておく必要があるのではないかと私は思う。

漠然とした願望も、願望も、ないよりはあるほうがずっとましだ。しかし、少し具体的な目標にそれをシフトしたほうがいい。

「中小企業診断士の試験に、三年以内に合格する。その資格を足がかりに・・」とはっきりしたプランを立て、「合格するためには今何をすればいいのか」「資格を即生かすための布石は?」と半年後、三年後、五年後の中間目標を設定するのだ。

根気が足りない、意欲が長続きしないと嘆く人も、大きな具体的目標と、今日一日、この一週間という短いスパンにやるべきことがきっちり決まれば、そうそう挫折はしない。わけても、具体的な中間目標は重要である。

中間目標を一つ一つクリアできれば、達成感が喜びとなって脳が刺激され、次の目標に向かう意欲がむくむくとわいてくるはずである。

人は欲によって動き、脳は快感によって奮い立つ。この生体メカニズムを活用するのが、やる気を長続きさせ、成功を手に入れる法則だといえるだろう。

もっとつきつめれば、「脳は必ず、もう一度、もう一度と快感を求める」。その本能の尻馬に乗るのである。

予想外のアクシデントや、計算どおりに進行しないことろ織り込むのがコツである。

すばやく計画を練り直し、的確な仕切り直しをする。いわゆる段取りである。できる人間は、この段取りが非常にうまい。最終目標はもちろん、こまかな中間目標もきちんと頭に入っているから、迅速にむだなく動ける。

失敗の多い人、どうも最終目標の前でオロオロしているか、中間目標の細部にとらわれすぎてあきらめているかのパターンが多いようである。

側坐核・扁桃核・視床下部の「トライアングル」をもっと利用せよ

やる気とは、漠然とした欲求に明確な目標が与えられ、そこに向かう具体的なイメージが結ぶことで、猛然とわきあがってくるものである。目標もないまま、強い意志が継続し、気がついたら成功していた、などということはありえない。

成功の秘訣は明確な目的意識にあるのである。

こうした目的意識は、前頭連合野でつくられる。記述のように、欲求とかやる気は、大脳辺縁系のが支配しているのだが、それをどう動かすかの支持を出すのが前頭連合野なのだ。

だから、前頭連合野と大脳辺縁系の双方をバランスよく鍛えていく必要があるだろう。欲求がなければ何も始まらないわけだし、目標がなければ、せっかくの欲求も意志や目的意識に結びつかないのである。

もう一つ、好き嫌いや好奇心も、脳からやる気を出す大きなポイントになることをつけ加えておきたい

12項の図をもう一度見てもらえばわかるとおり、やる気をわきたたせる側坐核は、好き嫌いを司る扁桃核のすぐ近くにある。そして、扁桃核は、欲求を生み出す視床下部のすぐ近くにある。

つまり、欲求が一足飛びにやる気に結びつくわけではないのである。好きなことなら自然とやる気もわいてくるだろうが、嫌いなことをすきになる努力も必要なのだ。

嫌いを好きに変えるのは一筋縄ではいかない。が、よくよく振り返ってみれば、何かが嫌いなのは、その一面しか目に入っていなからであることが多い。

「数学は嫌いだ。役に立たないから」。それなら、金融商品を買うなりしてみるのはどうだろう。数字をお金に置き換えて、こまかな金利計算やグローバルな金融動向の分析の道具としてとらえ直してみるのだ。

「大企業はつまらない。自分の意見はほとんど通らないのだから」という人は、本当に価値ある企画を提示しているか、自分の意見が通らない理由は何かを、よく考えるべきだろう。大企業という金看板の下にたたずむ裸の自分を見直すいい機会にもなるだろう。

考え方ひとつで、嫌いなものを好きになる突破口がみえてくるのである。このようにものごとを多面体として眺めるのは、好奇心をもつことと言い換えられるだろう。そのような姿勢は、やる気ばかりでなく、脳のさまざまな部分を活動させることにもなって、老い刺激になるはずである。

人間の能力、すなわち脳が秘めている可能性に個人差はない。

100年に一人というほどのまれな天才は別にして、だれもが同じように成功するチャンスを与えられている。その能力をうまく開発し、現実に成功できるかどうかは、本人が自分の脳をいかに鍛え使っていくかにかかっているのである。