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button-only@2x 巨大情報は周辺情報と「食べ合わせ」て吸収する

  巨大情報は周辺情報と「食べ合わせ」て吸収する

記憶には短期記憶と長期記憶、単純記憶と複雑記憶があり、おとながどんなにがんばっても、断片的な情報をスッと覚えてしまう子どもにはかならないこと、意味のあるストーリーとして全体を把握し、理解と反芻を深めるほうが合理的な記憶術であることを、わかってもらえたはずである。

それでも、記憶を充実させるというと、何でもかんでも頭につめ込む受験勉強的暗記に、つい頼ってしまう人が多いと思う。これは、若いころに抜き差しがたく植えつけられた一種の悪癖といえるだろう。

記憶とはつめ込み暗記だと思い込み、記憶力が向上しないと頭を抱えていては脳は活性化しないのだ。

ただし私は、受験勉強がすべてむだだといっているわけではない。理解も興味も感動もない知識は身につかないし、知識が自分のものにならなければ役にも立たないと考えているだけだ。受験勉強的つめ込み方法が、おとなの脳には向いていないことをわかってもらい、もっと脳に効く記憶法を採用してもらいたいのである。

だから、つめ込み暗記をすべて排除する必要もまたないわけだ。たとえば。たとえば明日のプレゼンテーションのために一夜漬けをしなければならない場合もあるだろう。

それは大いにやってもらわなければ、大切な場面も乗り切れない。

ただ、そのあとこまごまとした断片を忘れてしまっても、記憶力が低下したと嘆く必要はまったくないのである。忘れたくない情報は、映画的にストーリーの中で覚える方法を活用すればいいのだ。

    「木を見て森を知る」式暗記の低効率

強い記憶を脳に入力するためには、情報の全体を大ざっぱに把握してから、細部を確認する。

たとえば、あるプロジェクトを進める場合、まずその目標とスケジュールの全体を把握しそれから細部をつめていくのである。

これが逆だと、こまかいことを気にしすぎて、当初の目標を見失ったり、わずかな日程のずれで立ち往生してしまったりする。

自分が直面している仕事の意味や、全体の中での役割を見失っては、仕事をすすめることはできない。とくに長期に及ぶプロジェクトであれば、なおさらだ。

そうではなくて、プロジェクトを大きな流れのあるストーリーとしてとらえるのだ。そして、クリアしなければならない一つ一つの仕事を、全体の中に位置づける。物語の主人公は自分でもいいし、プロジェクトのヘッドでもいい。

このストーリーを大団円に導くには登場人物がどのように動けばいいか、脚本をつくるわけである。

これは、歴史の勉強で象徴的に役立つ方法である。

「十七条憲法が制定されて国としての基礎ができ、やがて中国の唐を手元に大化改新という政治改革が行われ、律令国家が完成した」という大きな流れをつかんでから、できごとと年号を確認するのだ。

このほうが覚えやすいし、事件の前後を間違える心配も少ない。

教科書に出てくる順番どおり年号を覚えていこうとするから、歴史が完全な暗記科目になってしまう。そして、理解が中途半端で相互相互の関係が把握できていなければ、一か所を忘れると、ほかの事件もこんがらがってしまうわけだ。

心当たりのある人は、さぞかし多いことだろう。

物語をつくりながら全体から細部へ、これが記憶力増強のキーポイントだ。

大切なポイントをもう一つあげよう。この章の冒頭に紹介した私の体験例だ。ブルガリア機の機体番号を目にした瞬間、それが東京オリンピックの選手団を乗せた飛行機であることに気づいた。

つまり、単純記憶であっても、自分の興味があることであれば、しっかりと覚えているということである。

   記銘のプログラムは「興味」というメモリにある

このへんが、人間や脳や心の不思議な所だ。好きなことなら、たいへんな苦労も乗り越えられるし、ただの記号でしかない機体番号も長期記憶となって脳に定着しているのだ。

ここからわかるのは、無関心、無感動な心の態度は、記憶を弱め、好奇心や何にでも興味をもつ心は記憶を増強するということだ。

自社の前年度売上はいくらだったかを知っている社員は少ないだろう。しかし社長にとって、これ以上の関心事はないからだ。

逆に社長は、得意先の一般社員までいちいち覚えてはいないだろう。ただ中間管理職までの社員なら、仕事でじかにつきあう相手はどんな人間なのか、初対面のときから興味をもつ。

相手の顔や名前から性癖にいたるまで、掌をさすようにわかっているはずだ。身近な友人を見ても、たとえばファッションに興味のある人は、ジーンズのリーバイス何番だとか、香水のシャネル何番であるとか、じつにこまかく記憶している。

「リーバイス何番」という記憶じたいは単純記憶であるが、こだわっている人にとっては、「ジェームズ・ディーンの愛用品で、古着屋をめぐって、ようやく手に入れた」というストーリーの一部になっているはずだ。ソ連製イリューシン十八型も、「五輪で活躍した選手団が乗った機」という物語の一部なのだ。

このように、興味のある対象は特別な努力をしなくても周辺情報が入ってくるし、自然なストーリーが組み立てられるのである。

単純・数字は足し算ではなく「掛け算」で増やせ

短期記憶と長期記憶、単純記憶と複雑記憶のことを紹介してきたが、記憶には、陳述的記憶と手続き記憶という分け方もある。

陳述的記憶ー五感駆使した強烈な記憶

陳述的記憶はさらに、意味記憶とエピソード記憶に分けられる。

意味記憶は、「位置エネルギーは高さと質量に正比例し、運動エネルギーは速さの二乗と質量に正比例する」というたぐいの、試験で問われるような知識、一般常識など。

エピソード記憶は、「受験勉強は苦しかったが、志望校に入れてうれしかった」というような、個人的な体験の記憶である。

手続き的記憶にも、何種類かがある。自転車に乗れる、テニスがうまい、包丁さばきが巧みなどといった、いわば体で覚えた熟練技能。簡単な計算ができたり、いい味を出すための塩の量を覚えていたりという認知的技能などだ。梅干しをして見て唾液が出たり、熱いものに触れて手をひっこめる条件反射も、手続き記憶に含まれる。

現代では、記憶力が陳述的記憶の意味記憶に偏りがちなのであるが、むしろ私たちは、手続き的記憶をもっと重視するべきだろう。

たとえば優雅な舞踊ができる人は、一糸も乱れない技の記憶を頭の中から取り出せる人であるし、グルマンとは、食べ歩いて鍛えて味覚を忘れない人のことなのだ。

しかも、手続き的記憶には忘れにくいという特徴がある。自転車の乗り方を一生忘れないように、体で覚えて血肉となった経験は、いつでも必要なときに呼びだせるのである。

記憶は、この手続き的記憶のように、体で覚える工夫をすると、より確かなものにすることができる。

たとえば、新製品の情報を覚えるときには、仕様書や担当者の説明だけを頼るのではなく、じっさいに製品を見て、触ったり、動かしたりして、できるだけ五感を使うのである。

その方が全体的にとらえて理解できるため、頭に入りやすい。「色が鮮やかだ」「重い」といった五感から得た情報が、記憶を想起する糸口になるわけである。

    「全脳記憶」で忘却率はぐんと下がる

これまで見てきたように、記憶にはいくつかのタイプがある。

英単語や数字を多く覚える力が記憶力だと思い込んでいた人には、記憶とは意味記憶や単純記憶だけではないこと、むしろそれ以外の記憶に本当の能力向上のきっかけが隠されていることを、わかってもらえたのではないだろうか。

記憶力を広くとらえることで英単語や数字の記憶力も倍加するはずである。ただ、記憶は、それぞれが単独で働いているわけではない。車を運転するときの脳は、ハンドルやアクセスの操作といった熟練技能を想起していると同時に、意味記憶である交通法規も思い出しているのだ。

最近の研究では、それぞれの記憶を脳のどの部分がおもに担当しているのかも明らかにされつつある。しかし、じっさいには、脳のある部分だけが働いていることはありえない。五感から受け取った情報は、脳の前後左右、内側と外側をかけめぐり、脳全体で処理されていることは、1章で紹介したとおりだ。

だから、記憶のいくつかのタイプを動員して、できるだけ脳全体を使うように心がけたほうがいいのである。

さらに、記憶足し算で増えるだけでなく、掛け算増えるということも覚えたい。

記憶は、情報を書き込んだシートが脳というバインダーに一枚ずつ追加されていくにとどまらないのだ。

たとえばテニスがうまい人は、ゴルフを始めても上達が早い。英語が身についている人は、ドイツ語やフランス語の習得もスムーズである。テニスや英語を覚えたときのノウハウが、新たな習得を始めるさいにも活用されているのである。ゴルフやドイツ語に関する情報が、すでに脳の中に完成されているテニスや英語に関する神経細胞のネットワークと結びつきやすいからである。

こういう例もある。音楽家なら、1000ヘルツの音と1500ヘルツの音を正確に聞き分けることができるだろう。これは、まず1000ヘルツと2000ヘルツと2000ヘルツの違いを覚え、さらに微妙な違いがわかるようになったのである。

つねに音に対する能力を鍛えていると、大きな違いを聞き分ける神経細胞のネットワークがより精密になり、小さな違いもわかるようになるのである。

     神経細胞を強化するパソコン活用術

一つの分野を習得すれば、そのノウハウが他の分野でも応用できるようになる。一つの分野を深めていくと、神経細胞のネットワークが精巧に拡大されていく。人間の脳には、このような応用力、柔軟性、発展性のあるところが、コンピューターの違いである。

こう考えると、趣味を追求して一芸に秀でるのも、脳に抜群の効果をもたらし、能力アップにつながるだろう。趣味の経験と知識は、たんに記憶のストックを増やすだけでなく、脳の中で若葉のように育っていき、思わぬところで役立ったり、人生をいっそう豊かなものにしてくれるはずである。

最後に、人間は忘れ、間違う存在だということを強調しておきたい。

メモをとる、何度も反復する、パソコンを活用するなどの努力も、間違いを正しながら情報を正確に記憶し、神経細胞のネットワークを強化するのに欠かせない。脳にはすばらしい力が秘められているが、それを開発するのは地道な努力なのである。