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button-only@2x 記憶を確実にする三段階ステップ暗記

ずいぶん前の話であるが、旧ソ連を旅していとき、搭乗予定だったアエロフロート機が出発できなくなるというハプニングに見舞われたことがある。

出発予定だったその日は、結局ホテルで一泊することになった。しかし、いったいどうしてアエロフロート機に搭乗できないのか、わからない。三時間、五時間と、時間ばかりが過ぎていく。ホテルに泊まるのはいいとしても、翌日には飛ぶという保証がない。

次の訪問地での予定も変更せざるをえない。

そんなことでソ連に足止めされている間、私はかなりいらいらしていた。アエロフロート機からブルガリア機に振り替えとなり、ようやくソ連を発つことができたのは、当初の出発予定から36時間後のことであった。

このハプニングは非常に印象深い記憶になって、私の脳裏に刻まれている。振り替えられたブルガリア機が、何と、1964年の東京オリンピックのさいにブルガリアの選手たちを乗せてきた、まさにその飛行機だったからだ。

ソ連製イリューシン18型機。さあ、ようやく出発できるというときに目に入った飛行機の機体番号からわかったのである。

記憶が「ない」のではない、「取り出せない」のだ

私が無類の飛行機マニアであることは、ご存じかもしれない。自分が乗った飛行機の機体番号のメモをとる習慣が私にはある。それで、このブルガリア機が記念すべき飛行機であると即座に気づいたわけなのだ。

おかげで、出発予定が遅れた苛立ちも、吹き飛び、記念的な飛行機に自分も乗れる喜びにひたりながらの空の旅となったのである。

まったくの偶然、私にとってはまこ幸運なできごとであった。しかし、このようにふとしたきっかけで、それまで忘れていたことを思い出すというのは、よくあることだ。

とりわけ、興味のあること、好きな分野のことであれば、どんなに些細なことでも他人ととってどんなにつまらないことでも、正確想起できるものである。機体番号などは、その典型だろう。飛行機マニアの私にとっては重要な意味をもつが、他人にはただの番号、記号でしかない。

そして、私のささやかなハプニングには、人間の記憶にはついてのいくつかのキーポイイントが隠されているのではないかと思う。

たとえば、まったく思い出しもしなかった小学校時代の同級生が夢にあらわれ、目覚めてからハッとしたことはないだろうか。たまたま訪れた土地の風景を見て、少年少女時代の小さな経験がふいによみがえってくることもあるだろう。

私たちは、過去の記憶の多くを忘れ去ったと思っている。しかし、じつは、脳の中にはそれらの記憶がしっかりと刻みこまれているのではないか。

   短期記憶も、こうすれば「超」長期記憶になる

記憶には三段階のステップがある。

ある情報が脳内インプットされ(記銘)、記憶として定着保管され(保持)、情報を得たときと似たような刺激を与えられて思い出す(想起)。コンピューターにたとえてみると、画面に表示された文字や映像がが記銘である。その文字や映像の情報をフロッピーディスクやハードディスクに入力するのが保持。そしてディスクから再び情報を呼び出すのが想起だといえるだろう。

さらに記憶には、脳の画面に映し出されただけでメモりに入力されない短期記憶と入力・登録される長期記憶の二種類がある。

試験前に徹夜で覚えたものの、試験会場を出たあとにはきれいさっぱり忘れ去ってしまう記憶は、短期記憶にあたるだろう。

一方、仕事や旅行の必要に迫られて、何度もカタコトの英単語を並べているうちに、それが長期記憶となって、いつのまにか、英会話が身についていることもある。この長期記憶は、一生にわたって脳というハードディスクから消去されないといわれている。短期記憶を長期記憶として脳に保管する決め手は何か。覚えたい情報を何度も反芻することにつきる。

たとえば1度名刺交換しただけの相手だと、じきに名前を忘れてしまうだろう。だが、その人が重要人物であり、同僚や上司からその名を繰り返し聞かされ、自分でもしばしば口にし書類にかけば、話は別だ。一回会ったきりの相手でも、脳のなかに、その人名にい関する神経細胞のネットワークが自然につくられる。反芻することでネットワークは強化され、何千人記憶の中から、その人の名を特定して呼び出すのに必要な信号が脳内をスムーズに流れていくようになる。

もちろん、これは人名にかぎらない。新人社員が仕事の進め方を覚えるのも、初心者がスポーツを覚えるのも、同じことだ。酔狂な飛行機マニアの場合も同様で、機体番号を目で確認してメモをとり、そのメモを幾度となく眺めてはニヤニヤしているうちに「覚えよう」と意識しなくても、神経細胞のネットワークもしばらく使わないと、思い出すのに時間がかかったり、どうにも想起できなくなることがある。ど忘れ、もの忘れは、だれもが経験することだ。

しかし、これは脳内にメモリされたデータが失われてしまったからではない。神経細胞のネットワークができあがり、脳というハードディスクに書き込まれた記憶は、生涯失われない。回路が錆びつき、信号が流れにくくなっているにすぎないのだ。

だから、回路をメンテナンスしさえすればよい。もう一度か二度、同じ情報を使う機会が訪れれば、再びスムーズにその人の名を呼び出せるようになる。しかも、最初に覚えたときとは格段に少ない努力ですむ。

記憶力の強化には、まず生涯消えない長期記憶を多くストックすることが大切だ。

重要なことは、試験前の一夜漬けのような短期記憶ではなく、脳にしっかり刻みこむことだ。記憶はすべてきちんと保管され、必要なときにいつでも呼び出せる。一時的に忘れても、小さな努力でよみがえる。そもそも覚えていないことは、呼び出すことはもちろん忘れることもありえないのだ。