Pocket

button-only@2x 右脳と左脳が「両得」をする勉強術

私の父は、自然と子どもをこよなく愛した天衣無縫の僧、良寛を敬愛していた。そして、1400首もの歌を残した良寛に習った歌を、茂吉もいくつか詠んでいる。

むらぎもの心楽しも春の日に鳥のむらがり遊ぶを見れば(良寛)

むらぎもの心楽しもとどろきて春の支流のそそぐを見れば(茂吉)

この二首などは非常によく似たものである。茂吉がいかに良寛を慕い、その歌を愛していたかが見て取れる。

良寛僧が今朝の朝葉菜もて逃ぐる卸すがた後まで遺らむ(良寛)

茂吉は、この歌もかなり気に入っていたようである。小さな庵に住み、托鉢をしながら子どもと毬をついたり、歌を詠んだりして暮らしていた良寛が、朝の食事のために近くの畑から菜っ葉を盗んで急いで急いで逃げ帰ったというようすが、目に浮かんでくるようである。とくに「朝葉菜」という表現が茂吉は好きだったらしい。

しかし、この歌は間違って伝えられたもので、正しく次のような歌であったという。

良寛僧が今朝の朝花もてにぐる卸すがた後の世まで遺らむ

盗んだのは「菜っ葉」ではなく、「花」であったというわけだ。そんな事情が明らかになったあとも、茂吉は「朝葉菜」のほうがおもしろかったと語っていた。

いずれにしても、青々とした菜っ葉や色鮮やかな花を握りしめ、急ぎ足で朝霧の中をゆく良寛の姿が、読者の脳裏に思い描かれたのではないだろうか。

       「英語も数学も好き」な人の脳

ここで良寛の歌を紹介したのはほかでもない。じつは、短歌や俳句は脳にいい刺激をもたらすからである。

脳は右と左に分かれている。言語や計算などの論理的な思考を司るのが左脳、絵画や音楽などの感覚的、空間的な認識を司るのが、右脳であるとされている。

また、右の脳は左半身の動きを、左の脳は右半身の動きをコントロールするともいう。

右脳と左脳がそれぞれ異なった働きを受けもっていることは、アメリカのロジャー・スペリー博士によって明らかにされた。

彼は、てんかんを治療するために脳の左右を切り離した分離脳患者を観察したのだ。

その研究成果は広く世に認められ、スペリー博士はノーベル医学生理学賞を受賞している。

彼のあとも、脳の左右でどのように働きが違うのかを調べる研究が行われている。

その結果わかったことは、まず左脳は、読む、書く、話す、聞く、計算する、論理的に思考するといった、ほかの動物にはみられない、人間にとって非常に重要な機能を担っているということだ。

一方、右脳は、音を聞き分けたり、ものの形を見分けたり、広がりや奥行きなどの空間的な認識をおこなったりする。また言語を理解する能力も多少はあるとされている。

         両脳が同時に賢くなる

ただ、現在のところは残念ながら、まだこの程度しかわかっていない。もっと詳しいころが明らかにされたら、私の専門である精神医学の分野も大いに飛躍するのではないかと期待しているのだが、まだまだ先の話のようである。

とはいえ、右脳と左脳はともに重要な働きをしているのであり、バランスよく鍛えなければいけないことは間違いないだろう。両脳は分かれてはいるが、脳梁でつながり、情報のやりとりを行っているのだから。

短歌や俳句が脳にいいのは、こういう理由だ。短歌で俳句は、ある場面を思い浮かべながら言葉を探す。しかも韻を考えながら決まった文字数におさめるという作業を行う右脳と左脳をバランスよく働かせているわけである。

楽器の練習も脳の鍛錬に効果があるといわれている。

とくにギターやピアノなどの弦楽器、右手と左手で違う動きこなさなければいけないから、両脳をバランスよく刺激してくれる。同じ理由から、普段の生活で、右利きの人が左手で作業する訓練をするのも脳の活性化に役立つという。

ちなみに、右脳と左脳が認められるのは哺乳類だけであり、しかも左右で役割が異なるのはヒトだけなのだ。二つの脳は、人間のみに与えられた宝物である。

宝のもち腐れにならないように、両脳を偏りなく使ってほしい。